Posted on 11月 16, 2009 under 父の日とは |
母の日のシンボルフラワーとしてカーネーションがあるように、父の日にもシンボルフラワーがあります。それはバラの花です。
父の日はアメリカでは祝日の一つで、正式に祝日として制定されたのは1972年。母の日ができて58年後ということですからようやくといった感じでしょうか。
父の日の歴史は1910年、妻を亡くし男でひとつで兄弟の多い自分たちを育ててくれた父、ウィリアム・ジャクソン・スマート氏に感謝したいとジョン・ブルース・ドット婦人が母の日にならって提唱したのが始まりといわれてます。父の日の制定については、母の日があって、父の日がないのは男女同権の立場から不都合といった考えもあったそうですね。
父の日の提唱者、ドット婦人が父の日に父親の墓前に白いバラを供えたことから、父の日にはバラとなったみたいです。
現在では父親が存命中には赤いバラを、亡くなって以後は白いバラをとされるようです。
母の日にカーネーションは送りやすいですが、父の日にバラを・・・はちょっと日本では送りづらいかもしれませんね。
Posted on 2月 02, 2009 under 父の日とは |
非常に気になるのが父の日とは一体いつからはじまったの?
ってことです。
毎年何を贈るか悩む・・・・結婚したらその悩みが2倍だしぃ。
どんなきっかけで父の日はいつから始まったのか調べてみました。
1908年に母の日が始まったそう。
アメリカ合衆国が発祥の地。
そして母の日ができたことを知った「ジョージ・ブルース・ドット」って人から、父の日はうまれました。
「どうして母の日があるのに父の日はないの?」
確かにそうですね。
そして彼女は、ある行動を・・・・
1909年、考えをドットが牧師協会へ持ち込み、父の日を作ってもらえるようお願いしたのがはじまり。
どうして、こんなにも嘆願するのか・・・、深い理由が彼女にはありました。
彼女のお父さんは北軍の軍人だったそう。
軍隊での階級は日本で言う「軍曹」クラス。
南北戦争で、ドットのお母さんは、夫のウイリアム氏が北軍に召集されている間、女手一つで子育てを・・・。
お父さんが復員した後には、すっかり体を壊してしまったお母さんは早くに亡くなられたそう。
それからというもの、お父さんは大変でした。
女の子が1人と男の子が5人の子どもが残されたのですから。
さぞ大変だったろうと思います。
6人の子供達を、男手一つでお父さんは育てたのだそう。
再婚もせず生涯独身で働き通しただったそう。
この6人兄弟の末っ子の女の子が、「父の日」を申請したドットさん。
「父の日を作ってください」とお願いしてから7年後に、「父の日」ができました。